2011年10月5日水曜日

【ゴミは文化のバロメーター】

【ゴミは文化のバロメーター】懐かしい響きです。物を消費すれば必ず「ゴミ」が出ます。包装紙やビニール類は商品のイメージアップだけではなく、輸送や貯蔵にも大事な役割を担っています。
しかし、過剰に包装して「筍状態」になるのも如何なものでしょうか。商品作りに金を掛け、廃棄するのに金を掛けでは経済的なマイナスが大きすぎます。
とくにゴミとなる部分の処分には、想像もつかないような予算が使われることを、今回の東日本大地震の瓦礫の量で、今更のように思い知ることとなりました。
処理能力の大きな東京とは、いち早くこの問題に取り組み、被災地の応援を行っています。
岩手、宮城、福島の3県だけでも約2,500万トンの瓦礫は、被災自治体だけで処理することは到底不可能でしょう。自治体がゴーサインを出しても今回は、放射能問題も有るので、処理地域の住民の合意も必要になってきます。
その点、強引な石原都知事はその行政力で突っ走っていくのでしょう。処理施設も、最終処分場の埋立地も準備できているわけですから。
しかし、ゴミ処理でいつも思うのですが、溶鉱炉での処理は出来ないのでしょうか?鉄鉱石もドロドロに溶かす1,000℃以上の炉の中に、丸ごと投入すれば木材は完全燃焼して、金属は再生産の原料として分別されるのではと思っているのですが、不都合があるのでしょうか?
問題は爆発物等の危険物です。テロ行為等を企てる輩が現れない補償はありませんから。
鉄鉱石を溶鉱炉に投入して溶かすと、金属と高炉セメント、他に別れて出てくるようです。
東北には有名な新日鉄釜石もあることですし、活性化の手助けになるのではないでしょうか?
あるいは、製鉄所の多くは岸壁を持っています。かなりの大型船も接岸できるはずですから、瓦礫の海上輸送も射程に入り、海運の活性化にも繋がります。

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